月と太陽と星と水瓶と

飛鳥井誠一のお仕事や近況です。略歴はこちら> http://profile.hatena.ne.jp/A-sky/

スタンプラリー~ビュー富士川~リゾートJINRIKI~ASAMAPart4 完結

四日目
 
駐輪スペースが無かった為、宿の建屋とフェンスの隙間に押し込んでいた自転車はしっとり濡れていた。朝露とかではなく昨晩そこそこに雨が降ったからだ。
ここからの予定だがそこそこ体力も戻って体も思ったより動くので佐久平駅から輪行ではなく自走を選択する。
いけるところまで行って碓氷峠さえ抜けられればあとは在来線でのんびり帰ることもできるのでひとまず信越線の横川駅というか釜飯を目指して行けるところまで。
まだ、どんよりとした空模様の下短絡的に軽井沢を目指しペダルを回していく。途中の御代田町に入ると街路樹がほぼすべて花梨となっており花の代わりにたわわに実った黄色い花梨が出迎えてくれた。

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花凜 花林 花梨 かりん
 
国道18号に入ると交通量が増え、渋滞と急勾配が襲い掛かってきた。辛抱強く乗り越えながら進み軽井沢に入るころには青空と日差しに包まれていた。新幹線の駅に近い所謂旧軽井沢エリアに差し掛かった所で峠越え前の補給をする。エネルギーバーそしてアメリカンドッグをmgmg。走り出してふと左に美しい池が目に入ってきた。今まで何度となく車で通った道になのに今回初めて気がつき脚を止めた。
矢ケ崎公園と呼ばれる名所らしい。本当に知らなかった。自転車だから気付けた発見である。徒歩ならもっと発見があるのかもしれない。

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矢ケ崎公園の紅葉

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昔は橋が架かっていたという。並木道も美しい


さて、いよいよ今日一番の難所の碓氷峠に突入する。今回は平日の日中という事もあり通る車もほとんどなく勾配も緩やかでとても気持ちいい。車だと見過ごしたり駐車場所の都合で見送る景色も今回は思うが儘に楽しめる。今となっては遺構となってしまった旧信越本線のトンネルや橋も全部堪能できるくらいである。そして紅葉も昨日の清里と同じくらいでいい感じである。
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レンガ! トンネル!(その1)
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レンガ!トンネル!(その2)
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レンガ!トンネル!橋!(その3)
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レンガ!トンネル!橋!(その4)

 

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レンガ!トンネル!橋!(その5)橋はローアングルから楽しむものです



 
順調にR(カーブ)をこなし、麓の美しいダム湖碓氷湖に立ち寄る。ここまでくればもう碓氷峠もほぼ終わりである。
せっかくなのでここの坂本ダムを見ていく。コンパクトでシンプルな流量調節目的のダムだが面白いことに堤体の上に鉄骨のアーチがかかっているのである。5年位前にも寄ったことあったのに気が付かなかった。ダムマニアも橋マニアも楽しめる一粒で二度おいしい処である。
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これでもダム湖。遠くの橋が美しい。堤体の上がトラス橋!?
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説明ともう一つのダムへの招待状
ダムカード貰おうと事務所らしき建物に近づくと「近所の霧積ダムまで来てねん」とあり、ちょっと迷ったが4キロ程度おまけであれば大したこともないと判断。景色が開け左側の県道に転進し再び登っていく。
 
登り始めはゆるやかで左側にはかつての信越本線の遺構、架線柱が見えたのは思わぬ発見だった。1キロ半くらいランデブーし別れると道幅は狭くなり山道らしく九十九折と厳しい斜度が目の前に立ちはだかった。挙句の果てに法面工事で自動信号による交互通行。
車はいないが信号が変わるのを待って再び登り始める。さらに厳しい勾配を疲れた脚で何とか登り切ると緩やかな下りに変わり霧積ダムがその姿を現した。
堤体上の保守通路を渡り管理事務所に向かう。治水用のダムという事もあってか水位はかなり低く流木などごみが干乾びたダム湖底のあちらこちらに横たわっていた。
インターホン越しに要件を伝えるとあっさり貰えた。しかも坂本・霧積ダム2枚。個人的には坂本ダムだけで良かったのだけれどありがたい。

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ダムカード2枚ゲット!
 
霧積ダムを出発し、注意深く下って国道18号に戻る。下り基調でノリかけた所ではあるけれど右手に峠の釜めしが見えてきたのでお昼にする。知人はここで左折して駅の裏手の本店に行くらしい。今まで何度となく来ているが本店に行ったことがない。本店と銀座の出張店でしか季節・数量限定の釜めしは食べられないらしいのだが、本道からのアクセスからついついこっちの大きなお店に寄ってしまう。
 
ここまで来ると昼下がりという事もあってか自転車に乗っていると暖かいというか暑いくらいだ。18号現道は対向2車線と言えど幹線道路という事もあってか交通量が多く大型トラックも多い。そしてこのまま家路に向かうつもりでもあったので旧中山道に入り国道254号線に向かう。上信電鉄沿いを走り、254バイパスそして254号現道に入っていく。ちなみにこの途中には三途の川がある。
たからったさんのブログ(おとなの小探検)で取り上げられていた。
 
現道もけっこう交通量が多いのだけれど18号走っているよりかは家に近づいている感はするし、一昨年の秋にナイトライドで当時の自宅から川越~254号北上して群馬県内の温泉目指したものの早朝の雨で断念した時の雪辱を晴らしたいのもあった。
車ではすっかり見慣れた妙義の道を今自転車で走りつつ自宅を目指すという状況に興奮を覚えつつペダルを回し続ける。
陽がそれなりに傾いた16時前に何とか神流川を渡り埼玉県に入る。大分近づいた様でここからまだ50キロ以上走らねばならない。

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グンマーからいよいよ。入国時は「さいたま!」三唱しなければならない
そして前回、ロングライドを断念して秩父鉄道に乗った寄居と荒川を渡り興奮したがここで荒川沿いに進路を取ったのがミス。
公園路に入ってしまい、河岸崖線の急勾配と人家が少なく狭路が続く展開にメンタルと時間的マージンを削られてしまった。まともな道に戻ったころには日が沈み、家路を急ぐ自家用車とランデブーしながら体内コンパスを頼りに何とか熊谷を目指す。
‐ガーミンとかワフーなどブルジョワの持ち物であり不要です。「サイクリスト」にはそれがわからんのです‐などというのは半分冗談だが日本式のGPSナビは不要。ようやく国道407号に出て、「荒川沿いの自転車道」と行きたいところだが既に日が暮れ堤防沿いで照明のない埼玉県の荒川自転車道を走ることに躊躇。補助バッテリーでチャージしつつスマホで地図を確認する。旧中山道に出るにしても熊谷市街地に入らねばならずこの時間はそれなりに車通りがある事は容易に想像出来、ここまでのライドで車とのランデブーに疲弊していたこともあり荒川東岸の自転車道というか管理道を安全に留意してゆっくり走ることにした。
熊谷近辺は荒川ぞいに照明付きのグラウンドが在ったりで意外と走りやすくそういうところでは夜のジョギングを楽しむ人もいた。
運動公園を過ぎいよいよ真っ暗な堤防をゆっくりと進む。東岸の自転車道はまだ整備途中らしく北本あたりで荒川から離れ始め、桶川あたりからそのまま堤防沿いの県道に入ろうかとした所、大粒の雨がぽたりぽたりと落ちてきてシャッターの下りた昔ながらの商店の軒先で雨宿りをする羽目になってしまった。スマホで雨雲レーダーを確認するとなんとこの荒川の桶川市近辺だけ強い雨が降っていた。そういえばこの年の夏もこの近辺で発生した夕立が酷かったのを思い出した。大きな山や谷はないけれど何かしら雨を誘う大気的要素が桶川近辺にあるようだ。このにわか雨のおかげで1時間近くロスしてしまった。
雨宿りからそのまま県道を南下し、大宮の西側に侵入し清河寺~川越線西大宮を渡り南下していく。大宮駅を真正面に捉えた時、帰ってきたことを実感した。そして10時近くに行きつけの銭湯に立ち寄り汗と埃まみれの体を洗い流し帰宅した。
この日、佐久からここまで160キロを無事走破した。1日の最高記録更新。
5月のC2Cとは違った満足感のある旅になった。
 
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結果
 
 

スタンプラリー~ビュー富士川~リゾートJINRIKI~ASAMAPart3

三日目
 
流石に10月も半ばを過ぎた甲府盆地の朝は、確実に平地より寒く朝食を摂り表へ出ると身が締まる。
昨日までの装備に加えレッグウォーマーを装着して甲府の市街地を西へ走り出す。
暫く住宅街の路地を縫うように進んでいく。少し広めの道で線路を跨ぐと徐々に高度を上げ中央道にぶつかり、激しいアップダウンの高側道の頂で双葉SAを見ることが出来る。そしてこれから越える八ヶ岳の山々を(八ヶ岳自体は越えないけど)
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左に南アルプスの山なみ 右は武甲の山々
 
双葉SA脇の道から県道に合流しさらに国道20号の旧道に入って一旦、竜王の市街地まで降りるような恰好でそこから国道141号に入り清里に向かう。ほぼまっすぐな道は時折荒々しい崖を横目に見つつ登っていく。須玉ICにぶち当たり中央道を潜った先の交差点で左折し、初めて通ったのが清里のスキー場に向かう為だった25年も前という国道に別れを告げる。そしてカーブを繰り返しながら急激に高度を上げていく。ここから勾配がきつくしかも延々と登り続けることになり上がる標高と反比例するように曇天で落ちていく気温が合わさって想定以上に体力とメンタルを削られた。
 
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蔵にあしらわれた家紋ではなく「山の神」 山梨の日本酒「山男」の会社さん
 
必死になって登り続けあともう少しで正午というタイミングでローソンがあったので入って休息。値引きになっていた肉厚のロースカツサンドとドリンクを寒空の下で貪るように食い再び長い登りが始まる。昔、有料道路だった区間に入ると見晴らしはいいはずなのに曇天、そして嫌いな縦グルービング舗装区間が橋の崖側とコンボで襲ってきプレッシャーは最高潮に達した。
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晴れてれば尚良かったような…… 左側は歩道も自転車専用帯もなく恐怖の溝舗装
 
所が、旧有料道路区間を抜け、国道141号本道に合流したくらいから雲がまばらになり眩しい秋の日差しに包まれながら既に紅葉真っ只中の高原を走り抜けていく感じになりとても気持ちがいい。
国道が斜めカーブで進行方向を変える所で県道でもない村道というか農道のような道に入ってヘアピン連続の下りを避ける。
その先がこのツーリングの最高標高地点だった。
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旧有料道路のランプ 国道現道の標高
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鉄道最高地点(渋峠みたいなもん)八ヶ岳の山なみ
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池とか紅葉とか


本当にたまにしか自動車が通らない静かな道をいよいよ下り始める。回避した国道の連続ヘアピンよりは緩く傾斜はキツい中をビビリミッター全開でゆっくり下っていき、国道と小海線が並走する地点まで行く。
すると少し国道を北上したところで「海の口」駅がある。あえてこの駅を取り上げる理由は勘のいい人ならわかるアニメネタの変化球版である。(アニメネタの海ノ口駅は小海線ではなく大糸線) 私はこちらの海の口駅も雰囲気が長閑で大好きである。
 
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登り途中休憩したら遭遇したテカテカな虫。下った後入ったパン屋から。いい天気だ
ここからは再び国道141号を小海線と共に北上する。途中手作りパン屋さん兼カフェを見つけて休憩。
休憩を終えて外に出ると日はかなり傾き空気もひんやりしている。疲労も結構溜まっていたので今日の宿泊先までの経路途中でマッサージ店を探す。すると、宿に着くちょっと手前に評判のいい中国整体のお店を見つけたのでそこを目指すことにした。
 
高校生の頃にマウンテンバイクレースに出場するため親に連れてきてもらった小海RE-EXをスルーしロックシェッドに近づいた辺りで工事渋滞が起きていたので川を渡り県道2号線に回避。が、入ってすぐ「秩父困民党最期の地」の看板を見つけ、しかも近いことから寄ることにした。この事件については今年前半に知人の誘いで秩父側のある秘湯に寄った際にも舞台として色々語られていた事や背景含め色々思うところはある。慰霊碑は古かったが案内看板や本陣跡は最近見直されて整備されたらしい。
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最期の一揆ともいうべき秩父困民党事件。何時の世も政治は民衆を虐げる
さて、県道2号線に戻る。この道は数年前の佐久から甲府へのドライブで開拓した佐久~小海の裏ルートである。道幅狭くわりと古い住宅街の真ん中を通るが信号が圧倒的に少なくのんびりほっこり走れる道である。ただ、10月の午後という事もありどんどん傾く日に焦りを覚え、頑張ってペダルを回し、佐久市へ入る。東側を向くとこの日は夕方だというのにすでに月がしかも大きく昇っていて思わず足を止めて撮影してしまう。
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こんな感じの1.5車線の道が佐久~小海まである。秩父まで続く高圧線(柱が独特)
坂を上り切った先で県道の旧道らしき方へ入って少し行った所に目当てのマッサージ店を発見する。初回料金の激安ぶりに愕然としさらに無情の張り紙に愕然とする。そう、ガチな「向こう」の人たちにとっての大型の休み期間に運悪く当たっていたらしく10日近く休業している真っただ中だった。
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都市部では考えられないお値段。無情の張り紙

 

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武甲・秩父の山並みから上がった月。宿で晩酌。珍しいリキュール系
 
ガッカリし、さらに日も落ちていよいよ冷え込んできたので宿へ急ぐ。
宿がある佐久平駅前に珍しい新幹線駅の構造(旧在来線は高架、新幹線駅は半地下)により大きく迂回させられるトラップが潜んでいたが何とか到着。宿に入り受付でマッサージの手配をするとあっという間に来てくれて30分ほどしてもらう。少しだけ足の疲れは取れた。
 
最後に

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この日のSSレア。日本の石油業界の縁の下の力持ちとして由緒正しい帝石のGS

スタンプラリー~ビュー富士川~リゾートJINRIKI~ASAMAPart2

10/22(二日目)
ちょっと体がだるいというか筋肉が張り気味。昨日の出発前の時点ですでに大分疲労がたまっていたのでそのせいだろう。
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ラッピングバスと地元企業によるイメージカフェ レンタサイクルも有り
宿の軒先で自転車を組み立ててゆるゆると走り出す。
沼津は静岡県の東の要衝であり、明治初期の動乱期に小学校が作られたりと文化的なパイオニアも担ってきた。
 
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街角にひっそりとある学校の記念碑 富士が近づいて来た
まあ、最近話題になったかぼちゃの馬車の魔法使い役の銀行もここが本店だったりするのは余談。あと、この街と某アニメとのコラボはファンというわけではないけれど地域と共存しての発展のきっかけとして末永く続いてほしい。
 
さて、ここからはペダルをシコシコ回していく。
通るのは景勝地「千本松原」に沿って海側に造成された防潮堤上の道路。
多少、海砂が載った箇所もあるが見通しが良い為、容易に避けられる。
意外なのは平日の午前中にもかかわらずロードバイクに乗って走る人が結構いた事。10人以上とすれ違った。
残念だったのは、こちらから挨拶しても知らんぷりな人が殆どだった事か(10人中2人位)まあ、こちらは無印のロードもどきに派手な2次元ウェアだったし胡散臭く見られたのかも知れない。
 
余談ではあるがこの道を1か月前にも走っている。松田から南下して沼津を周った日の夜、しかも失敗してライトのバッテリも空になってしまった中で。
幸いなことに、その夜は十三夜。雲が無く月明かりが松原と駿河湾を優しく照らす中をただ波の音を聞きながら走ることが出来た。
絵にも描けず、スマホのカメラでは残せない印象的なひと時だった。狙って味わえるものでもあるまい(本来、夜の無灯火はダメです念のため)
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伊豆半島そして駿河湾
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富士と千本松原 台風で打ち寄せられたゴミがたまっている個所や堤防の強化工事の箇所もあった


さて、富士市に入り文字通り富士を眺めながらここから徐々に富士川に沿って内陸に向かい、身延そして甲府を目指す。
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田子の浦の公園とそこからの富士
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富士川や大井川、天竜川と大きな川が多い静岡らしい橋の風景 しかし辛い歴史の爪痕も
途中お昼休憩として富士川SAに入る。改装で隣接する県道のスマートIC兼道の駅となったが、今回初めてその道の駅の部分を利用する。ちなみに夜は夜景スポットとしてお勧め。観覧車もある。
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富士川サービスエリア
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国道52号と並走する県道、問題の箇所以外でこれである。恐ろしい


 
これから向かう富士川沿いの国道52号は車でも2~3度しか走ったことがなく、大変だった印象しか残っていないので昼食含め念入りに補給する。
ここを出ると、ヒットした某アウトドアアニメの聖地まで飲料食料を補給できるところが無さげだったし、実際なかった。
ゴールデンウィーク姫街道で幹線国道のロックシェッド区間の恐ろしさをイヤというほど味わっていたので国道52号ではなく富士川対岸の県道を選択する。
いきなり県道が「崩土・片側通行止め」の掲示と共に険道に化けたが1㎞近いロックシェッドの中の狭くて荒れた路肩を大型ダンプやトラックに煽られながら上ったり下ったりするのに比べたら数倍楽なものだ。
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なでしこの街、南部町。山間幹線道特有の長大ロックシェッド(自転車殺し)
ほぼ2車線の道が身延線に沿って北上していて、車通りはまばらなもののたまに後ろから来た山梨ナンバーの大型ダンプに突っつかれたりもしたが(身延の)和田峠を越え、何とか予定時間通り身延町に入る。
駅前でアニメの話中のネタトークで出ていた団子が本当に銘菓になったのぼりが出ていて目が点になる。
残念ながらそののぼりが出ていたお店はお休みっぽかったがその数軒隣に普通に身延まんじゅうと出ていたので一服がてらにお店に入る。
アニメのまんまに店員のおばちゃん達がお茶まで出してくれたので店内でお茶しながらmgmg。
普通に美味しかったし、安いし身延まんじゅう(身延駅向かい)の栄昇堂さんオススメです。
地方発送もされているとの事。
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ゼブrもといセルバ 栄昇堂さんのみのぶ饅頭
さて、次の停車駅のスーパーゼブrもといセルバまでざっと30分コース。日が傾き、山間部という事もあり昨日以上に寒くなりそうなのでペダルもさらに回していく。しばらく県道を行くと本栖湖に繋がる国道300号にぶつかり、川を渡って国道52号を走る。土手のような土台の上に敷かれたこの国道は先ほどよりは道幅広くアップダウンは少なめだけど車の量が段違いに多く神経が磨り減る。
 
山梨県内、かつて私が住んでいた所の傍にも店を構えるスーパー「セルバ」。そのみのぶ店で一息入れて出ようとすると細い国道の裏道を警官がこっちに向かってやってくる。何もやましいところはないのでその脇をすり抜けて国道に戻ろうとする。合流地点ではほかにも数人警官がおりどうやらシートベルトか携帯の待ち伏せトラップをやりかけていたようだ。
 
さて、引き続き国道52号を北上していく。暫くはこの道以外に無いので頑張るしかない。が、アップダウンとカーブ付きのロックシェッドが立ちはだかり私の脚を引っ張る。当然ペースは落ち道幅も余裕ないのでトラックに煽られる。歩道に入れって?交通量が多いわ、あるのが川側の反対車線にしかないしで堪えるしかないのでドライバーさん(わたしもたまに運転する)堪忍してほしい。
 
先に進み目の前が徐々に開けてきた。甲府盆地の南端にたどり着いたのだ。日がほぼ沈んだのでライトも点けてさらに北上する。
狭い対面通行2車線の道が多くて疲れる。甲府まであと10㎞というところで出くわした街の和菓子屋さんで饅頭を食べてあと一息頑張る。
山梨県の道路情報で必ず名前が挙がる渋滞の名所、国母立体を潜り真っ直ぐと駅前を目指す。あと一歩というところで川を渡り東へ進路を取る。駅前は僅かだが堀など城跡が残り、丸の内などそれらしい地名も残っている。
この日はその堀の近くに泊まることにしていた。少し道を間違えたもののほぼ予定時刻通りに宿に入り上着とお風呂セットを取り出すと甲府の街へ繰り出した。
駅前はアーケードが東西南北に伸びているものの今一つ活気が感じられない。夜という事もあってか水仕事関係の人が多く闊歩し、
私はそれを避けるようにアーケードを少しそれた。すると一気に灯りが減り、車通りもまばらになる。
 
薄暗い街を暫く歩き、左を向くと平屋のこじんまりとした銭湯が姿を現す。
「都温泉」
温泉と名乗っているが鉱泉や温泉を汲み上げている訳ではない。普通の銭湯である。山梨県全体で10軒ほどしかない銭湯の一つ。
中に入ってから山梨の銭湯一覧表を見たがどこも○○温泉と名乗っている。どうやらそういうお約束らしい。その中にはかつて山梨に住んでいた時愛用した共同学生アパート兼銭湯「泰安温泉」の名前もある。大人400円である。
脚を延ばしてゆっくり湯船に浸かれる感慨と共に撮影していたらおっちゃんがいぶかしそうに声をかけてきた。この銭湯のご主人だった。払って中に入る。四角い湯舟と質素な洗い場で素気はないが手入れが行き届いていて安心して入れた。

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都温泉
 
中は私一人。途中、若い男性が入ってきて先に上がっていった。足をゆっくり解して上がるとおっちゃんが心配そうに声をかけてきた。私としては普通だが遅かったので湯あたりしてないか心配になったそう。
そこから色々話して湯冷めしそうになったので記帳して失礼した。
晩飯は山梨だし、ワインで一杯!と行きたかったがあんまり贅沢もできないのでラーメン屋でもつ煮と瓶ビール一本、餃子とラーメンでさっくり終わらせた。

スタンプラリー~ビュー富士川~リゾートJINRIKI~ASAMAPart1


10/21
 
新宿始発の特急「さざなみ号」の印象的で旅の始まりを湧き立たせる車内放送と共に4日間が始まった。
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滅多に乗らない(乗れない)JRの特急。さらに縁があまりない千葉方面のさざなみ号
途中駅で駅係員が集まるトラブルが起き遅れたが一時間半ほどで内房の入り口、富津駅に到着。ここで輪行を解除しCerasusで南下を開始する。
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途中の五井駅には旧式の気動車の宝庫小湊鉄道 人が全く見当たらない君津駅
ほぼ11時ちょうどにスタートし、うっすらと見える富士の白い頂を横目に快調なペースで人影が無く、車もまばらな道を走る。
海はまだ見えないもののほんのりと磯の香りが風に乗って香る。
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左側には房総半島の小高い山並み、右側のはるか先には富士
途中、佐貫町駅手前で1年ほど愛用していたテールランプがリアバッグとの干渉で破損するアクシデントもあったが、落ち着いて気を取り直して進む。
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佐貫町駅のトイレ、ちょっとほっこりする貼紙。千葉特有のヘキサ看板
 
起伏のあるやや狭目の県道でショートカットを図ると海が間近に見えるようになってくる。そして、佐貫町前で一度は分離した国道に合流して海沿いに出て本格的に海岸国道らしい景色になる。
左の山側に内房線、右には東京湾。はるか先には後程利用予定の東京湾フェリーの姿も見える。
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のっぺりとした岩場が房総らしい 遠くに見えるフェリー
「海の駅 浜金谷」までたどり着き一服。
ここで今日のタスク一つ目をこなす。それはスタンプラリー。
たまに覗いている自転車系ブログで紹介されていた房総/三浦半島/東京湾フェリーの共同イベント。
スタンプ6個集めたら先着1000名でサコッシュ(肩掛け袋)が貰えるらしいので挑戦。
ここから海岸線沿いの道の駅回るだけでも結構集められるはずなのだがフェリーの時間を考えてここと浜金谷の
フェリー乗り場のみに留め、残りは三浦半島に渡ってからにする。

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全部集めるのは特に房総エリアで数日かかりそうなスタンプラリーでした
仕事で一度、竹芝~伊豆諸島のフェリーに乗船して以来の大型船への乗船しかも今回は自転車持ち込みで緊張する。
案内と共に車両用スペースに進入し自転車を車やバイクと同じように分解することなく
乗せることが出来、それらと同じように車止めで固定をしてくれる(カギは自前)
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浜金谷のターミナル、竹芝や大洗に比べると小さいが堂々とした姿 そして車両用スペース
 
さて、運航中は車両用スペースは立ち入り禁止なので上に上がるが風が結構あってデッキにいるのは辛かったので船室に入り東京湾を眺めながら40分ほどの船旅を楽しむ。
時折、カモメが舞うのを眺めていたら「カモメのジョナサン」を連想してしまった
 
久里浜に突き出た巨大な煙突群がどんどん近づいてくるのにちょっと興奮しつつ今後の予定を考える。
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解体中の火力発電所の煙突 三浦半島側から見たフェリー(急転回中)
三浦半島側で残り4つのスタンプは集めないといけないのだが当初予定していたルートから離れ遠回りになってしまう。
少し悩んだが買うと意外に高いサコッシュ貰えるならと観音崎周辺のスタンプを回収しサコッシュをもらうことを目指す。
(後日貰いに行ったらSEIYUの100円ショッピングバッグと同等でした。残念!)
 
降りてすぐターミナルで一つ、地図ではすぐ近くになっているフラワーパーク、行ってみたら意外と遠回りでわずかに焦る。
一面黄色の秋っぽい園庭の傍でフラダンスコンテストが催されていてちょっとシュール。ここから観音崎まで海岸線の主要な県道は結構交通量が多い上に道幅も広くないので遠回りでも古く寂れた方に逃げつつ北上することにした。ほら、そう言ってる傍からわざわざ私をニアピン勝負(幅寄せ)のネタにするフォードのピックアップが現れた。
 
観音崎公園近くの民宿パスし、さっとスタンプ貰えそうな美術館に寄る。
が、奥の受付傍まで行かないとスタンプが貰えず、美術館のレストランのテラス席などというセレブな空間を痛いサイクルウェアで横断することになり、普通に着て走るより100倍辛かった。
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横須賀美術館からの眺め ちょっとハイソな気分
さらにスタンプを求め、横須賀に向けて北上、美術館の先二つ目、道路沿いの旅館でめでたく6個集まったけれどこれどこでサコッシュと交換するのか?
(帰ってから既に通り過ぎた浜金谷か久里浜のフェリーターミナルであることが判明)
そのまま、勢いでスタンプ集めながら横須賀市街地に入るが時間がそろそろ微妙。少なくとも当初検討していた茅ケ崎まで自転車で向かい、そこから今日の宿営地である沼津への直行列車で向かうというプランが不可能なのは確定してしまった。その上昼飯もまだだったのでスタンプついでに横須賀シーサイドマーケットで海鮮丼を買ってそのままイートイン。
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新鮮ななめろう丼! どうみても空母です本当にありがとうございました
食い終えて外出るころには日は大きく傾き空気も冷え始めていた。横須賀駅へ急ぐ。なんか空母みたいなのが見えるのは気のせいかな(空母と言ってはいけない護衛艦です)
 
 
横須賀駅でさっくり輪行して窓口の初老の駅員さんに事情話すと、快く切符を発行しなおしてくれた上に熱海~沼津間のグリーン車利用を相談したら「ここから乗っていっても変わらない(休日一律780円)から買って乗るといい」と勧めてくれたのでそれも手配。横須賀線の夕方はスカスカ(ギャグではない)で余裕でグリーン車でシート背面の壁側に自転車突っ込んで楽々。
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大船のフィギュア自販機 切符があるので沼津ではSuicaよりラクチン
大船駅で30分近く待つことになり、エキナカを散策する。すると数か月前に中野駅の面白自販機として紹介されていたミニフィギュアの自販機がここにもあった。
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大船駅の歴史
大船駅の歴史を紹介したパネルを見終えると次の沼津直通(通常熱海止まりか伊東~下田方面、沼津へはJR東海に乗り換え)が来たのでそれでのんびり移動。ちょうど20時にこの日の宿営地である沼津に到着。
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三島駅で痛電車 絶対期限に完成しない立体交差化
よくよく考えたらここ2か月で4回目という結構な頻度でこの辺りに来ている。が、まちがっても沼津(内浦)を舞台にした某アニメの為ではない。
(1回目は旧自宅の処分の帰り道、2回目は知人とのドライブ、3回目は松田からのサイクリング)
 
駅から徒歩5分もかからない所だったので輪行したままチェックイン。袋に入れたままなら部屋で保管してもいいとのことだったのでそのまま入る。
長袖を羽織って沼津の街へ……って日曜の夜という事もあってか開いている店はまばらでぐるっと散歩してから宿そばの鉄板焼屋。
正確にはご当地ではないけれど富士宮焼きそば浜松餃子があった。あと、沼津らしく鉄板焼屋といえど海産物メニューが多めで値段の割にサービス良かったので満足。
 
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富士宮焼きそばカニ汁 ダシ代わりだったカニを唐揚げにしてくれるサービス付きで大満足


宿に戻って湯船につかって疲れを取りたかったけどビジネスホテルでそんなものはなかったのでゆっくりシャワって就寝

(面倒くさい話) 道は誰のものか?

本当に堅苦しくて面倒くさいことについて書くので飛ばしていただいた方が良いかもしれません。
色んな形で接する道について最近色々と思うところあるので私見を残すものです。
 
人が家の外に出ると必ず道を通ります。
私道から公道(自治体の道、都道府県道、農道・林道・港湾道路)場合によっては動物たちの道(けものみち)もあります。現役の道路もあれば一線を退いた旧道や役目を終えた廃道、切り開く途中の未成道もあるでしょう。
 
私道は私有地の道(通路)で所有者の都合が優先されます。
農道・林道・港湾道路は自治体であったり営林署や港湾局のルールが優先されますよね(農耕車・林業関係車両・漁業または船舶関係車両優先)
道とついているという点では鉄道もあり、事業者の定める約款そして鉄道事業を監督する法律・細則に則って運営されています。
しかし、それ以外の道、特に公道は誰のものでもない。言い方を変えれば利用者全員の共有財産ではないでしょうか?
そして、様々な利用者の便を平等かつ円滑に実現させるために道路交通法、交通ルール、交通マナーそして社会的マナーが存在する。私はそう認識しています。
所が、その道の利用について以前からゼロではなかったのですがネットのせいか最近あちこちでの問題やトラブルが露わになっています。
 
私自身、どこでもトラブルや面倒事を見かけたり聞いたり正直うんざりしています。
本稿の結論から言ってしまうと「道は誰のものでもない。自動車の為でもなければ二輪の為でもない。まして歩行者の為でも」
 
私は 自動車の運転はしますし、ここ2年近く自転車であちこち走り回っています。鉄道も使えば街中を歩いたりハイキングで山道も歩きます。その中で、自転車に日常的に乗るようになった中学生の頃からずっと、自転車乗るときは左側通行を励行し続けています。
なので、最近ネットでもたまに指摘される自動車や自動二輪車による自転車への嫌がらせ・妨害を何度となく遭っています。ただ、私も感情にムラっ気がある性質なのでたまにイキって反撃したり嫌がられるようなことをしてしまった事はあるのは認めざる負えません。逆に自動車に乗っていて右側通行が当たり前と思い込んでいる自転車や狭い道を並んでチンタラ歩く歩行者に怒りを覚えることも。
 
なぜ日本の道がここまでカオスになっているのでしょうか?左右云々は明治維新の際にモデルとしたのが二転三転とかそんなのは関係ないでしょう。あと、道がらみで「赤信号、みんなで渡れば怖くない」などという日本の悪癖を的確に言い表したフレーズがまかり通るようになってしまったのか?
 
こうなった原因は、義務教育の中で身近な経済や福祉制度と併せて交通ルールをきちんと教えないことが大きく影響しているんじゃないかと思います。ましてや共働きが普通になったこのご時世に子供に親が教えるものの一つみたいな扱いでうまく行く筈がない。
その結果、色々な立場の人が円滑に社会で暮らすために役立つルールを一番緩く解釈した(歩行者最強)(自転車は右側)みたいなことがまかり通っているという気がしています。
 
これはここ数年の思いではありません。
 
日本でマウンテンバイクがブームになった90年代にまだ高校生でしたが、買ってもらって近くの大きな川の土手を走り回ったり、ショップのツーリングで林道走ったり雑誌で見つけたレースイベントに出た事もあります。
マウンテンバイクから冷めた理由には、当時住んでいたのが平地のど真ん中で山まで往復するだけで1日終わってしまい、醍醐味を味わえなかったこともありましたが、自転車雑誌の広告で或るマウンテンバイク関連の会社の名物人物が広告で「このバイクで街の歩行者をパイロンみたいにかわして走り抜けるのもいい」などと今なら即炎上な事を述べていて嫌気がさしたのも一因です。
ネットもない時代でしたがすでに林道などでオフ向けのオートバイと共に問題がいくつか報告され営林署やハイカーに敵視され始めて規制が起きていた時世に業界の著名人がその認識では遠からず走る場所がなくなるだろうと感じたからです。事実そうなりましたし。
無論、自制と共生を唱えて何とか根付き始めた文化を守ろうとした心ある人も居ましたがが圧倒的多数の無恥の無法者によってそれは押し流されたのでした。
 
そして最近、今乗っているロードバイクでもネットのおかげで悪いエピソードがうんざりするほどですし、ランニングや登山・ハイキングとの融合した(ものでしょうか?)トレイルランもそういう危険性を孕んでいると街やドライブ先で見かけて思っています。自転車専用道でない(そうであってもまずい)ところでのスピードの出しすぎで河川の管理道が問題になったり、そのことが少なからず一因となっているのが察せられる釘のばらまき事件。ランニングで車道や自転車優先・専用区分を逆走するランナー、ヘッドホンで音楽聞きながらで自分の世界に入っているのがモロ分かりなランナーなど。
 
あとは先日、目の前で歩行者とランナーのトラブル発生の瞬間に遭遇したこともあります。
ある件で集団で細い道を歩いていた時の事です。道路脇の軒先で作物の無人販売が行われていたので脚が止まり、数人で取り囲むようになって狭い道をさらに狭めていたのはこちらもまずかったと思いますが、そこを反対側から来た一人のランナーが脚を止めていた数名にぶつかって走り抜けていきました。流石に同行していたある人が声を荒げランナーを制止しようとしましたがランナーはそのまま走り去っていきました。聞こえていてもその気がなかったのかヘッドホンをして音が聞こえなかったのかは分かりませんが。
その一部始終を少し遅れてちょうど俯瞰することになってしまった私はとても気まずくなりました。
 
この件、ランナーが少し減速して露店の反対側を通れるだけの余地はあったので明らかに故意でしょう。ランナーとしては上り坂のトレーニングで一定のペースで走りたいのに他にもいたハイカーなど歩行者に辟易してイラっとしたのかも知れません。こちらも道幅の半分を占めるように拡がっていたので誰かがたしなめるべきではあったでしょう。それでも故意に体を当てるというのはアウトです。
この話、立場を自転車やオートバイ・車に置き換えても十分通じる話です。
 車両なら人身事故で即警察沙汰の事案です。
互いに挨拶し合って譲り合うというのが本来あるべき姿ではないでしょうか。
 
そして譲り合いで譲らなくてはいけない優先順位は動物より歩行者、歩行者より走者、車両が高いということです。それは物理的、移動という運動エネルギーの強さで考えれば文系の私でもわかる事です。
そこが結論‐道は誰のものでもない。すべての人(動物)のものである‐ということです。
 
この拙文をここまでお読みいただいた皆さん。まずは身近な所からルールの遵守と譲り合いを始めましょうよ
 
よろしくお願いします。
 

2019年の初め、今考えている事

今更ですが、新年のご挨拶を申し上げます。
先ずはここ数年恒例の初日の出画像などを

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白濱海岸から 目の前は利島(としま)

 

ちなみに今年は伊豆半島白浜海岸、お誘いした方々の初詣の便もかねて隣接する白濱神社に駐車場があったのでチョイス。

好天の予報でしたが残念ながら雲が取れずに利島方面の雲間からの
ご来光を観る形となってしまいました。

利島は私が初めて訪れた離島でありこうして眺めると感慨深いものではありました。
そして白濱神社の本来の名前は伊古奈比咩命神社(いこなひめのみことじんじゃ)と言い、この辺りで最古の神社だそうで伊豆諸島の火山になぞらえた女神を鎮める為の社との事。火山の荒ぶる女神というのは、私のお気に入りのゲーム内の
女性キャラ(一般的に嫁と呼ばれる)の女神ペルセイラ(Venusblood-DESIRE- ※🔞)的でとても惹かれます。

 

ja.wikipedia.org

 

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初日の出前の白濱神社

 

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朝を告げる鶏もいる真っ当な配置の神殿です

とまあ置いておいて
今年は肉体的に正念場の年かなと覚悟しています。
Blogに上げようとまとめているツーリング記録はいっこうにまとまらないし、文章もどんどん書けなくなっていたりゲームも日に日にやる気力もデレステなどリズムタップの腕も落ちていく一方だし、SLGも考えるばかりで進まないし
そもそもやる時間が摂れなくなっていくのでどうしたものかと思案中。

自転車は、ポタリング中心に私の洗脳もとい

勧めに乗って始めてくれた知人らとのんびりぼちぼちやっていければと
思っています。いちよう新車を投入予定。

私の自転車趣味復活のきっかけとなった南鎌倉高校女子自転車部の主人公まんまな
マシンの色違い版です。モデルも出会った経緯もまんまでビックリ!

南鎌倉の作者、松本さんに報告したいくらいの話です。


あと、年に一度くらいはヒルクライムや500㎞程度のロングライドには挑戦したいかな

 

執筆の方は現在停滞中ですがJKアドベンチャーライドもの「ハイ!ろぉど?」や「望失の幻燈機」、メカや武器設定でその筋の方のご協力いただいて進めたいと考えている近未来もの-Exodus-も捨てた訳ではないです。文章を作る事、その下地を纏める為に必要な頭のスタミナが拘束時間長くて疲れるせいかなかなか回復せず、休みの日はぐったりしているか体力だけは戻って体を動かすくらいが精いっぱいな状況でそれが少なくとも今年いっぱい続く見込みなので……

 

そんな感じで生暖かく見守っていただければ幸いです。

 

小ネタ さいたま市の街中の……

11/10
 
今日は午後からのんびり自転車でさいたま市の南側へ
 
15年ほど前、住んでいたエリアへ。
玄関を開けると季節外れの暖かい空気に包まれていた。
のんびりと平日片道6.5㎞の通勤快速運用をしているシティサイクルで走り出す。
新大宮バイパスが有るとはいえ、未だ都心と埼玉県の背骨を貫き群馬県まで繋がる国道17号は日中の往来は活発。
そんな別名「中山道」、いや旧「中山道」との接点である六辻交差点を渡り、今では盲腸のようにうっすら残る細い道へ入る。
六辻とはよく言ったもので現在も先述の細い市道と旧中山道の県道そして国道17号の現道が交差する六つの分岐点となっている。
(交差点の信号は県道と国道の指示をする通常の四差路の扱い)
中山道はこの交差点の直前に江戸時代の新田沿いの道に端を発する市道と丁字の交差点を持っており、昔も交通の要衝であったものと考えられる。
 
さて、細い市道を選んだのは何か意図あってのことではなく車通りの少ない道でお目当てのもの以外にも何か無いかのんびり探索したかったからである。
市道は左に公園を見ながら丁字路に当たる。が、よく見ると細い路地が気持ちがいいほど一直線に伸びているのが見つかった。
 

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スコーンと真っ直ぐ
一般的な体形の大人がちょうど擦れ違えるくらいの幅でアパートや一軒家の圧迫面接を受け、おどおどと静かに進んでいくと南浦和駅に繋がるバス通りに出る。
ここで路地も終わっていたので左折し南浦和駅方面に向かう。お目当てはもうすぐである。
交差点を一つ越え、今では跡形もなくなってしまったさいたま地場のレンタルビデオチェーンの店舗跡を過ぎると左手に立派なホール、右手にはテニスコートの文教的な香りがわずかにする交差点が現れる。
 
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南浦和の文化ホール兼図書館の交差点
ここからさらに東側の文蔵(読み方は秘密)という地名のエリアに社会人になって一時住んでいたことがある。
メンタルやられたりフリーターになったりと苦労の始まりの地でもあるがそれでも今よりはマシだった気もする。
ちなみにそこから次は1年ほど山梨県某所でワイナリーの営業事務兼ショップ担当ランチ給仕ワイン製造だった。
今や彼の地でワインというと必ずと言っていいほど名前の出るところだけど親バカ社長に今でいうパワハラ食らって辞めたのが悔しい。
 
 
さて、この交差点はこの地を去ってからご無沙汰だったのが、最近ロードバイクに乗るようになってまた通るようになり、先日ある道路遺物を見つけた。
状態は良くないがこんな町中に残っていたのが驚き。

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結構、車も人も通る(近くにスーパーもある)
 
それは
 

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何故かポツンとあるのが不思議
 
中高速車の規制看板
放置されかなり色褪せている。その上の制限速度標識も同様である。バスが1時間に4往復以上し、それなりに幅も往来のある道にポツンとここだけ残っている。辺りも調べたけれどここだけである。
 
次に丘の縁に沿って南浦和駅前に向かう。途中には自転車店チェーンのセオサイクル埼玉一号店である南浦和店がある。(行きつけの自転車店主人談)
ここは昨年入居していたアパート兼店舗を建て替えて随分オサレに変わった。
 
駅前に出ると割と大きいロータリーそして交差点挟んで向かいに埼玉地場の百貨店チェーン「まるひろ」が建っている。
2階より上がほとんどテナントになってしまったけれど近隣住民のちょっとした贅沢スポットで在り続けている。
中のキーコーヒーショップで一服。妙に暖かい一日である(後で知ったが20度オーバーしていたらしい)
店に入る前に空が微妙に暗いところあったのだが……
 
一服して外に出ると
……
…………

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夕立な雲
 
 
暗いし大粒の雨がパラついていた。自転車のシートは水玉でおしゃれをしていた。
もう雨雲が抜けた後だったらしいがあまりの暖かさに通り雨があったらしい。
 
 
さて、ここから丘を登り谷を越え次なる小ネタスポットへ
 
それは
 
「バス停」

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奥に見えるは武蔵浦和駅前のタワーマンション
ただのバス停なら気にしない。
 
これを見よ
 

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運休と空白の嵐
 
 
1 週 間 に 1 本 ! !
 
 
 
 
この秘境ダイヤ!
 
これがあるのは人口急増中のさいたま市南区の主要駅である南浦和武蔵浦和を結ぶ県道です。
車バンバン通ってます。
南浦和駅武蔵浦和駅もバンバンバスが発着してます。
ここだけこれ!
 
 

で、時間もいい感じで11月らしくもう日が暮れたので探索終了

 

翌日の街道歩き「小仏峠」編に備えたのだった。